かどわおりじん宿

「おやじさーん、なんかオススメの酒ちょーだいー」
「ったく…なんかオススメ、ってのが一番困るんだが…」
「親父さんのセンスを信じてるんですよ~~~」
「ものは言いようだな」
「これでも俺らの交渉役なもんで」
「褒めとらん」
いつも通りの朝。どうやら今日は仕事がないらしいアディクターは階下に降りるや否やカウンターに腰掛けて酒を注文する。
朝っぱらからご立派な御身分だとは思うが、珍しくツケを精算した後だから今日は何も言わないで置いてやることにした。
「いつもの奴らはどうしたんだ?」
「湊叶は自分改造の部品探し、イルは桃鈴へのプレゼント探し、リースはナギ君とおデート中」
「桃鈴は?」
「まだ寝てる…っと言おうと思ったけど起きたみたいだな」
つらつらと頬杖を付きながら答えていたアディクターが階段の方を見やれば、ちょうど話題に登っていた人物が階下へと降りてきた所だった。
「おはようございます。依頼もないのに珍しく早起きですね」
「うんにゃ、たまの休みだし朝から酒でも飲もうかなーって」
「そんなんだからすぐにツケがたまるんですよ」
「桃鈴の言う通りだぞアディクター」
「へいへーい、肝に銘じておきマース」
アディクターの隣へと腰掛けて朝食を頼む桃鈴へと、既に出来ていたサラダを出してやる。
しかし、この2人の組み合わせはなかなか珍しい気もする。大抵はアディクターと湊叶、イルと桃鈴、リースとナギが連れ立って行動していることが多い。
「なかなか珍しい組み合わせだな」
「朝起きたらイルがもう居なかった物で。場所の心当たりあったりします?」
「あー、今日は探さないでやった方がいいんじゃねーの?」
「なんで…あぁ、そういう事ですか」
どうやら自身にも心当たりはあったらしい。誕生日が近いのを覚えていたようだ。
納得したように頷いた桃鈴は、そのまま視線をつい、と横にずらす。
「それなら今日はアディクターで我慢しておいてあげましょうか」
「おいこら、天下のリーダー様を代替品扱いとは随分なんじゃねーの」
「既にお酒入ってます?私がイルより貴方を優先するとでも?血の契約も恋人関係も主従も何も無いリーダーを?」
「……いや、優先したら気持ちわりーわ」
「でしょう」
いつものように軽口を叩き合うふたりを見て微笑ましさを感じながら飲み物を出してやる。
「桃鈴は今日はどうするんだ、アディクターと一緒にカウンターで時間を無為にするのか?」
「いえ…そんなどこぞのリーダーのように勿体ない時間の使い方をするつもりはないんですが…盗賊ギルドの方にでも顔を出しましょうかねぇ」
おいお前らひでぇぞと喚くアディクターを完全にスルーした桃鈴は少し頬に手を当てて悩むような仕草をした。
「最近余り顔を出してないせいで道端て会うと姉御姉御うるさいというか…」
「…あぁ…お前さん随分と慕われてるもんな…」
それが桃鈴の実力なのか、夢魔によるチャームの効果なのかは分からないものの、盗賊ギルドの中での彼女はかなりの人気を集めているらしい。
便利ではあるけどもそれはそれで困ったことも多い、と溜息をつく彼女にパンと目玉焼きを出した。ついでにサービスで小さなケーキも付けておいてやる。娘の手作りだが作りすぎて余っていた物だ。
「ありがとうございます、いただきます」
「親父さん、俺も今と同じのもう1杯」
「お前はつまみはいらんのか?」
「あー…じゃあ揚げじゃがで」
「はいよ」
上品にナイフとフォークで朝食を食べ始めた桃鈴とカウンターに突っ伏しながら駄弁るアディクターを尻目に一旦奥に引っ込む。
キッチンで「むむ…」と小さく唸り声をあげながら小さなチョコレートケーキに生クリームを絞っている娘の姿を尻目に、「ちょっと借りるぞ」と包丁を持って表に出た。
適当な大きさのじゃがいもを手に取り、食べやすい大きさに切って味を付けた衣をつけて油へと入れる。
程よく揚がったら油を切って皿へと盛り、塩とほんの少しのスパイスを振って完成。
簡単に出来て安価だがかなり美味いと冒険者にも好評で、この宿の看板メニューにもなっている。
ついでにジョッキに酒をついでカウンターの方へと向かった。
「ほれ、お待ち」
「うまそー」
「親父さん、いつもの」
「…ってなんだ、湊叶も居たのか」
先程よりも話し声が聞こえると思っていたらいつの間にやら湊叶が帰ってきていたらしい。
「収穫が全く無かった」と舌打ちをしながらカウンターに腰掛ける彼にヤコブローズを注いだグラスを差し出してやる。
ヤコブローズは彼のお気に入りの酒だ。デューンで飲んで以来ハマってしまったようで、「卸す分の金なら払う」と頼みこまれ、今ではうちの仕入れる酒のリストに常連入りするようになっていた。
「あんな早朝に行ったのに何も買えなかったとかあんの?」
「…目付けてたやつが目の前の男に持ってかれた。あとほんの数瞬早ければ…」
クソ野郎が、と悪態をつきながらグラスを一気に呷る彼を見ながら、桃鈴が「そんな飲み方してると中毒でも起こして倒れますよ」と溜息をつく。
「機械体だから問題ない」と返す姿を洗い物をしつつ眺めながら、改めてこいつらが異種族である事を思い出していた。
何かの因果なのか、はたまた自分の運でも悪いのか。
この宿…唄う青鳥亭はとんでもなく異種族の冒険者が多く在籍している。
イルのように人間として登録したものの、冒険の途中で不可抗力で異種族となった奴らもいる。
勿論アディクター達のように異種族として登録した奴らもかなり多い。
…人間という事で登録していたものの本当は、という言い出してない奴らもきっとまだまだいるのだろう。
ここは昔から、気がついた頃には異種族の冒険者が多かったせいで寛容だが、場所によっては異種族が滞在する事すら断るような宿もある。
そこまでの宿は流石に少数ではあるが、やはり未だ排他的な部分が完全に抜けることはない。むしろ自分たちが生きてる以上仕方のない事なのかもしれないが。
それを考えると、こうして目の前でいろいろな種族の奴らが和気藹々と盛り上がっている姿を見れるのは珍しいのだろう。
しかし決して悪いものではないと思う。少なくとも自分は、だが。
「…たまにはつまみ1つぐらいはサービスしてやるか」
「えっマジで!?」
「俺はジャーキーがいい」
「なら私は…代わりに紅茶をいただけますか」
「えー、じゃあ俺はー…」
「アディクターはその揚げじゃががあるだろう」
「俺だけひどくね!?」
わいわいとまた騒がしくなる彼らを見ながら踵を返す。
いつになるかは分からないが、いつの日にか、種族間での偏見が無くなればいい。
そんな事を考えながら頼まれた物を準備し出す。
…そんないつも通りの朝だ。

  • 最終更新:2017-09-29 00:54:30

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