1度目の終わり

頭が溶ける。脳が熱い。思考が働かない。
あれ、俺は今まで、

(…何をしてたっけ)

ただぼんやりと瞼を開く。
最近、変な夢を見るようになった。
手を、脚を、ひたすらに振るう夢。
それが何を生み出すでもなく、ただただ暗闇で無為に動かし続ける夢。
それをし続ければ、いつかは筋肉がつって、腱が切れて、靭帯が断裂して、動かなくなるのに、それでもただひたすらに動かし続ける夢。
そうしてそんな夢を見ながら深く深く眠った後は、必ずマイルームのベッドで目を覚ます。
あれほど夢の中でボロボロになったのに、目覚めれば身体に不調をきたしているところなんて何も無い。
だから、ただの夢である。なんのことはない、ただのよくある変な夢だ。


(…あれ、今はいつだっけ)


重い瞼をどうにか開く。
あの夢を見る頻度は上がっていた。
内容は何も変わらない、ただただ、ひたすらに手足を振るい、動かし続ける夢。
いや、違う、少しだけ変わったこともあった。
少しだけ前よりも、夢が熱くなった。
自分でも訳の分からない表現だ。でも、熱いのだ。まるで、愛する人と、あるいは愛する妹といる時のように、身体の何処かが熱くなるのだ。
妹に言おうかとも思った。でもただの夢だからやめた。それに、身体の何処かが、身体の中の誰かが、心配をかけるのか?と睨みつけてきていたから。
だから、何も伝える事なくこの変な夢のことは心にしまった。



(……あれ、俺は、)



瞼をこじ開けるようにして何とか外を見る。
あの夢を見る時間は、初めとは比べ物にならない程に長くなっていた。
頻度も増えた、時間も増えた。1ヶ月の半分は、あの夢を見たまま過ごしている。
同時に身体も強くなった。脚を振るっても、手を振るっても、すぐには身体は壊れなくなっていた。
そして、夢は、再び様相を変えていた。
ただ熱かっただけの夢に、高揚感が生まれていた。
言うなれば充足感、言うなれば支配欲の満足感、言うなれば庇護欲の。
手足を振るうと、守れるのだ、役に立てるのだ、彼の、彼女の、その為に。
その高揚感は、夢へと駆り立てた。いつの間にか、あの夢が心を奪うようになっていた。
あの夢が、自らの、居場所なんじゃないかと。
誰にも話してはいけない。その声を聞きながら、自分だけの物を取られないよう、隠すよう、俺は心に閉ざして日々を送った。




(………俺、は、)





瞼を開けることを心が拒む。
今や夢は日常となっていた。
夢を見ていない時間の方が少ない。
極僅かな1割程の覚醒した時間のあいだも、俺はぼんやりと夢のことを考えていた。
あの熱さを、充足感を、愛する者の為に身を捧げる高揚感を、邪魔な物を嬲り壊す興奮を、早く、早く。
叫ぶ声は大きかった。
言ってはいけない。夢を話しては。自分の心に留めて。彼を、彼女を、守りたいんだろう。委ねろ。夢に委ねろ。
囁く、蛇が騒ぐ、心臓に絡まる蛇が、脚をも手をも縛り、絡め取り、動けない、でも、きっと、これに委ねれば、俺は、






(…あれ、俺は、あんな姿だっけ)






瞼は、二度と開かなかった。
目の前には自分が見える。だけど、違う、俺その物ではない。
長い髪をした、昔の自分。その足元には朱い蛇が1匹。
「ありがとう、自分。夢を選んでくれて」
にたりにたりと自分は笑みを浮かべる。幸せそうに、嘲るように。足元の蛇も同調するようにキチキチと声を立てた。
あれ、いや、でも、違う、何かが違う。昔の自分は、少しだけ、何処かが。
「もう、お前は戻れない。夢を選んだお前は俺にとって変わられた」
何処だ、何処が違う、何だ、何が違うんだ。
「さようなら、自分よ、イズフェィンよ」
…あれ、
「もう二度と会うことは無いだろう」



……俺の右目は、あの頃から赤色だったっけ。



キチキチと、蛇が2人を嘲笑ったような気がした。

  • 最終更新:2016-11-20 05:34:26

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